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伝説の女酋長が愛した、国境の島

伝説の女酋長が愛した、国境の島

2014年6月19日 • Travel

日本の最西端の島である与那国島は、国境の島。島国である日本に住んでいると、国境という響きに妙にロマンを感じるものですが、八重山の一番西に位置し、台湾までの距離はわずか111kmという与那国島は、まさに国境の島にぴったりなドラマティックな物語が息づく島です。

起伏に富んだ地形がダイナミックな景観を生み出す与那国島では、他の八重山の島々では見ることのない断崖絶壁の風景が連なります。

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海底遺跡があることでも知られ、ダイバーにとってはまさに憧れの聖地。八重山の人々はその名前が記すように与那国のことは島ではなく、国だと言います。話をしているとどうやら与那国の島人もみなそんなように思っているふしで、他の島にはない唯我独尊的な存在感が漂うのが与那国島の面白いところ。石垣島よりも台湾の方が近く、まわりを激しい潮流に囲まれた与那国島は、確かに地理的に見れば八重山の島というよりもひとつの独立国家のような存在。与那国のことを「どなん」と呼びますが、これは渡るのが難しい渡難から派生している言葉。事実、1522年に琉球王府に組み入られるまで、与那国島は八重山には属さずに独立国だったのです。その国の統治者として君臨したのが伝説のサンアイ・イソバという名の女酋長。伝え聞くところによると、サンアイ・イソバは2mもあるかという巨体の持ち主で、兄弟4人にそれぞれ島の集落を納めさせ、自分はティンダハナタと呼ばれる租内集落を見渡せる岩壁に住んでいたとか。彼女の統治した間、与那国島は平和で秩序を持った国として保たれ、島人からも愛されていたようです。

伝説の物語ではなく本当の物語としては、現在は人口1500人ほどのこの静かな島に、戦後の一時期まるでゴールドラッシュのような賑わいがあったという歴史にも興味をそそられます。物資がない時代、台湾との密貿易の拠点となった与那国島には一攫千金を夢見た多くの人々が押し寄せました。久部良の集落はにわかに建てられた倉庫と夜な夜な飲み歩く人々の姿で溢れ返り、最盛期の人口は2万人を超えていたといわれています。その与那国島の熱病に浮かされたようなゴールドラッシュはわずか5年で幕が閉じられ、憑き物が落ちたかのように集落はひっそりとした日常に戻りました。が、島人は今でも鮮明にその当時の様子を覚えていて、ふとしたきっかけで夢と冒険に満ち溢れた物語を話してきかせてくれたりするのです。

女酋長の存在といい、戦後の密貿易時の興奮といい、与那国という島はなんとも豪快。おおらかで豪快な国境の島、与那国は、沖縄でも八重山でも、そしてもちろん日本でもない、与那国なのです。

  • 与那国島の位置

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