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あったかいまなざしと微笑みで世界や自分を見る平和

あったかいまなざしと微笑みで世界や自分を見る平和

2017年1月16日 • Mind & Heart

お釈迦様の仏像を拝んでみると、いずれも半眼(はんがん)の状態で目が描かれています。この世界すべてを見透かしているお釈迦様の様子は、半眼で眼をなかば開いているのです。半分は外の世界を見て、半分は自己の内側を見つめる、あるいは目には見えないものを見る(考える)ということ。

しっかりと目を見開いて直視することや、熱い視線を送ること、目をつぶって見なかったことにしたり、目をそむけたりすることも、生きていればたくさんあります。

たくさんの経験をしたからこそ、ふとニュートラルな半眼でいつも“今ココをあるがままに観る”という考え方に立ちもどり、日常生活や人生を優しさと調和で満たしていきましょう。

目を閉じず、見開き過ぎず、ここちよく開いた状態でリラックスを作り出す

目を開けている時は色々な物が視界に入り、意識は外に向かい追い求めやすく、とらわれたり、乱れたり、心身は動性や激性に傾きやすくなります。そういった時は目の奥が力んでいて、身体も緊張状態であることに気づけます。また、目を閉じると、頭の中で思考がグルグル廻ったり、寝てしまうこともあり、心身は暗性・鈍性に傾きやすくなります。

半眼で鼻先に目線を落とし、まぶたがリラックスすると筋肉が緩み、眉間の力が抜けて脳波がアルファ波になります。肩や首、頭も力みが抜けた自然な状態は純粋性へ向かいます。

あたたかいまなざしと優しい微笑み“半眼微笑”

仏様の表情は半眼で口もとに微笑みを浮かべている様子が多く、優しいまなざしで見つめてくださるとともに、その人々のためになる何かを思案してくださっているそうです。この様子は、悟りや慈しみを表す“半眼微笑”の表情とされています。

目に見えるものにも注意を払い丁寧に接し、そして一方では目に見えないものも感じとり配慮するという、両面性を備えた生き方が大切です。

外から入ってくるものだけを見るのではなくて、自分の内側にあるものも感じ取ってあげること。周囲の人や環境と関わる“現実”を見ながらも、同時に自分の内面の“内なる自然”を見る。心身が鈍性・暗性で滞ることなく、動性・激性に振り回されることなく、純粋で善意のある調和の中にいることは、穏やかで微笑みにあふれます。

大切なことは、自分の内側と外側との両方を見ようという、半眼の心がけ。いずれか一方に偏らず、一方を遮断する(目をつぶってしまう)こともなく、内と外のバランスが調和しているかを一歩引いて見つめてみましょう。

「わたし」も「あなた」も、プラスもマイナスもないところから静観・静慮してみる。比較や判断する場所から少し離れてみると、幸せのヒントである“幸感力”が養われ、愛や慈しみ・善意につながります。

自分自身で作ってしまった様々な分別がなくなって、つながる一体感と安定感により、あなたがいつも優しいまなざしで微笑んでいられますように。


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