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日本一狭い路地、“世古”に侵入!迷路の中に今も残る日本の伝統

日本一狭い路地、“世古”に侵入!迷路の中に今も残る日本の伝統

2016年4月14日 • Travel

伊勢志摩国立公園の中心にある答志島は、三重県の中部東端に位置し、伊勢湾の入り口にあります。伊勢湾の豊富な水産資源により、漁業が盛んで、鳥羽市4有人離島の中で一番大きな島です。

答志島(とうじじま)は文字通り、“志”に“答”える島として、昔から多くの著名人がお忍びで通う島としても知られています。美多羅志神社では、志を記入した用紙を預けると、300年間お寺で守って下さいます。

日本一狭い路地、“世古”に侵入!迷路の中に今も残る日本の伝統

答志の町にある、“サンデの底”とは?

答志島は大きく、答志(とうせ)、和具、桃取という三つの地区に分かれています。その中でも答志の街の路地は、観光地にもなるほど特徴があるのです。

まず、路地へ入るとすぐに思うのは、その狭さ。手を伸ばせば、両手が壁についてしまいそうなほど細い路地、答志島ではそれを“世古”と呼びます。家々がくっついているかと思うほど密集しており、狭い土地を生かすように、3階建ての家も多く目立ちます。

まるで迷路のような世古を歩き出すと、その奥には、“サンデの底”(サンデは答志弁でサザエの意味)と呼ばれる、まるでサザエの殻の底ように細く、行き止まり辿り着きます。

日本中ここにしかない、不思議な“寝屋子制度”

独特なのは世古だけではありません。ここには、とても変わった風習たちが残っています。その最も代表的なのが、寝屋子制度です。この制度は、中学校を卒業する頃になる男子が、毎晩決められた寝屋親の家で寝泊まりをし、生き方やしつけの指導などを受けて成長するというもの。寝屋親は、時には本当の両親よりも責任や権力を持つこともあります。一つの寝屋子には、5人の子供たちが寝泊まりしますが、その子供たちは、生涯“朋輩”(ほうばい)として、兄弟以上の絆を結ぶのです。人生で困った時や嬉しい時、共に感情を分かち合う仲間となるわけです。答志には、約10軒の寝屋子が存在しますが、現在は週末や盆、正月だけの寝屋子となっています。

世古を歩いていると、“ジンジロ車”と呼ばれる手押し車を引いたおばあちゃんが、「ええ日やなぁ〜」と声をかけてくれます。挨拶はもっぱら天候の話題です。世古が交わる四つ角では、主婦たち集まり、楽しそうに他愛もない世間話をする明るい声が聞こえてきます。祭りやイベントごとが大好きだという答志の元気な女性たち。訪れた時には、是非勇気を出して知らない人に声を掛けてみてください。島に訪れた旅人たちをいつでも明るく出迎えてくれるでしょう。

  • 答志島の位置

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