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ワンタンスープの記憶

ワンタンスープの記憶

2015年3月19日 • Food & Drinks, Travel

ベトナムという文字を見るといつも思い出すのが、学生時代に親しくしていた友人のこと。彼女の名はタオ。華奢な骨格に、長くまっすぐに伸びた黒髪が美しい、きっとアオザイを着せたらピカイチに違いないと思わせるベトナム美人。

家族と一緒にベトナム戦争終結の後、ボートピープルとしてアメリカへ渡って来たという彼女の話に、その時二十歳そこそこだった私は、お恥ずかしいながらベトナム戦争について何かを語れるほどには知らず、ボートピープルという言葉もリアリティを持っては使ったことがない、のほほんと平和ボケした若者である自分を痛感したのを覚えています。

そんな彼女に誘われて、私たちはよくベトナム料理やチャイニーズの飲茶、タイ料理などアジアンフードを食べに行きました。確か、ベトナム語に加えてマンダリンも話すと言っていたので、今思えば、ベトナムに住む華僑だったのかもしれません。華奢な身体にそぐわない旺盛な食欲の持ち主で、いつも「I have to eat rice!!! 」と、日本の食べ盛りの男子よろしく米を食わねば食べた気がしないと豪語。彼女との食事で、私はベトナムにはフォーはもちろんのこと、ブンやミーといった麺があること、何にでもパクチーをたっぷりと入れて食べると数倍も美味しくなることなど、今まで知らなかったアジアの食について、たくさんのことを知ったのです。

普段はあまり料理をしないタオですが、時々張り切って今日は料理をするぞ!という日に決まって作るメニューがワンタンでした。海老と豚肉をミンチにして、生姜やニンニクをたっぷり。鶏ガラでとったスープにワンタンを入れ、生のレタスをバリバリとちぎって食べる、がっつりと食べるタイプのワンタンで、これがとっても美味しいのです。お皿によそう前に、ワンタンは何個?と必ず聞かれるのも決まり。まるで元旦の朝にいただくお雑煮にお餅を何個?と聞かれるみたいに。

あれからずいぶんと長い時間が経ったけれども、私は時折思い出したようにワンタンを作ります。ぷりっぷりの海老の食感が楽しめるように、海老は細かくしすぎないのがコツ。そして、水洗いしたレタスをたっぷりスープに浮かせるのも。タオとはいつのまにか連絡が取れなくなってしまってから久しいのだけれど、ワンタンを作るたびに彼女のことを思い出します。いつか自分の故郷であるベトナムに行きたいと言っていた彼女。勉強して資格を取ってバリバリとお金を稼ぐと宣言していたから、きっとすでにベトナム訪問の夢も叶えているに違いありません。

ワンタンスープの記憶

あの頃と比べると、ベトナムは今、日本にとってもアメリカにとっても格段に近い国。ベトナムを旅行中、私は何度の彼女のことを思い出しました。ドンゴイ通りに立ち並ぶ一流ブランドのショーウィンドウと、欧米観光客の姿を眺めながら、ふとこの光景をタオはどんな想いで見つめたのだろうか?と思わずにはいられないのです。もちろん、元気で暮らしていてくれたら、それでいい、という気持ちで。

ワンタンスープはいつも昔の友達を思い出させる、私にとってのベトナムの味。ホーチミンの華僑の街チョロンで食べた水ぎょうざは、どこかタオが作るワンタンに似ているところがあって、なんだか懐かしい気持ちになりました。


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