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水のように生きる~先人から学ぶ言葉~

水のように生きる~先人から学ぶ言葉~

2016年12月5日 • Mind & Heart

ヨガは呼吸に動きを連動させていく“ヴィンヤサ/フロー”という、“流れ”を大切にしています。止まっているポーズのように見えても、内側では大きな呼吸の流れが続いています。

物質的な重たさを解き放ち、精神的な軽さを得ていく

集中力と感覚が鋭くなってくると、大ざっぱな肉体を動かすことから、自分の内側に意識が向かい、より繊細に“呼吸やエネルギーの流れ”といった自分の状態に気づけるようになります。

頭で考えて「こうだ」と肉体を動かすと、筋肉や関節は緊張状態で苦しく痛みを伴います。しかし、自分の内側から沸き起こる呼吸に耳を傾け、寄り添い、膨らませるように、呼吸を中心に動いていくと、気持ちよさと静けさに満たされていきます。

このように“動く瞑想”としてヨガを深めていくと、思考よりも感覚が優先し、物質的なコントロールからより精神的なつながりを感じられる感性が磨かれていき、いつでも頭の騒がしさから解放されて自分自身の快適さに安定する力が養われます。常識や外側の評価ばかりに縛られず、自分の思いや喜びに気づきながら生きられるようになります。

身体の不調や不具合があると、そこを意識します。物質的な“カラダ”に縛られている状態です。バランスの取れた流れの良い状態は“カラダ”という存在を感じないくらい、軽やかで自由なのです。生活習慣や姿勢・食事も含めて、好き・嫌いに執着するとバランスを崩しやすくなります。また、自分の感覚・感情にフタをすることは自分の中に握りしめることになります。

氷の状態は、ぶつかり傷つけ欠けて失います。物質的な重たさ・硬さを溶かして水になります。水は1か所に留まれば腐ってしまいますが、流れている限り清らかです。未消化の感情や思考のもつれという執着やとらわれを解き放ち、流すと、腐らず清らかさを保てます。感情を扱うのは難しくても、呼吸や身体を動かし解放することで、心も自由に調和していきます。

柔軟に変化しながら新鮮で潤いのある水になる教え

「行雲流水」 禅語
空をゆく雲と川を流れる水のように、決まった形がなく、執着することなく物に応じ、自然に変化すること。とらわれず、平静な心で自然のままに生きること。

「明鏡止水」 荘子
一点の曇りのない鏡、波のない静かな水。何のわだかまりもない静かで澄み切った心の状態をいう。邪念が全くなく、心が落ち着いているさま。

「君子の交わりは淡きこと水の如し」 荘子
才徳ある人の交際は、淡々とした水のようにあっさりしているので、友情は永く変わることなく続く。

「上善は水の如し。水は善く万物を利して争わず。」 老子
素晴らしい人というのは、水のようだ。水はあらゆるものに恵みと潤いを与え、自然に形を変えるので対立なく争うことがない。上流から下流に流れるように謙虚に下のほうに身をおいている。

「心を空にするんだ。
形を捨てて。水のように。
水はカップに入れたら、カップに、
瓶に入れたら,瓶に、
ティーポットに入れたら、ティーポットになる。
水は絶え間なく流れ、激流にもなる。
水になるんだ。友よ。」 ブルース・リー

めまぐるしい日常の中で、強くてしなやかに清らかで澄み切った心身でく穏やかに調和できますように。


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