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何だろう?…と 疑問を感じる大切さ

何だろう……?と 疑問を感じる大切さ

2016年10月26日 • Mind & Heart

以前の記事で 私が急に振られた質問でも、
スラスラ答えることを 疑問に思った人がいない……と
書きました。

そして、そのことを 私が
不思議だと感じる……と いうことも。

“疑問に思わない”と いうのは、それを当たり前だと
思っているからでは ありませんか?
“そういうものでしょ”と 思い込んでしまっているように感じます。

 

大人になるにつれ、色々な知識も増え 経験値も
上がっていきます。

子供の頃に比べたら。

遥かに 沢山のことを知っています。

大人になる程 知らないことを 恥ずかしい……と 思う
風潮にも 関係があるのかもしれません。

けれど、そのことが “そういうもの”という思い込みや、
決め付けに繋がっているんじゃないのかな……と
感じることがあります。

 

人にアドバイス、コーチングを 伝えたり。
正しい 表現ではないかも しれませんが。
「教える側」にいる立場にいる私です。

だからと言って。
何もかもを知っているわけでも 理解しているわけでもありません。

「そんなこと 当たり前でしょ?」……と 思うのも。
「えっ そうなの?」と、思うのも。

同じように 自分の中にある”そういうもの”が、
基準に なっていませんか?

そのことが 人生と それを取り巻く世界が 狭くなっているんだとしたら。

”そういうもの”と いう枠を外してみると。
世界は もっと 不思議で 面白いものに 満ちています。

そう聞くと。
わくわく うきうき してきませんか?

 

少しでも “???”と 感じたら。
丁寧にすくって 拾っていく。

自分が 想像していた以上のことや、
思ってもいないことに 行き着いて。
新しい 出会い 新しい自分。
知らなかった 自分の中にある 関心や興味の居所。
そういうものを 発見していきます。

そして ……世界や 視野が広がっていく。

“何だろう?”という 引っかかり。

それが。自分の世界を 広げる 扉を開ける鍵かもしれません。

 

開けてみて。「違うかも?」と、感じたら。
扉を閉めて 鍵を ポイっ……と、捨ててしまえば いいだけです。

確かに。“これ”ではなかったとしても。
“これじゃない”という消去法の ヒントにすることが 出来ますよね。

「何だろう?」と感じたら。
調べる 試す 行動する。

その ツールの中に Google、ウィキペディア…などがありますね。
それらをアイテムとして うまく使えば より 効率良く
見つけたり 辿りつくと 思います。

まずは。
「何だろう?」と 引っかかったり 感じたら。
気付かないフリ 無かったフリ 感じなかったフリをしないで。

きちんと しっかり がっつり(笑)見逃さないで下さいね。
きっと 新しい 扉も 世界も 可能性も開きますよ。

illustration:am-ya


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