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真っ白な心で向き合う“いま、ココ”~日常生活での瞑想~ 

真っ白な心で向き合う“いま、ココ”~日常生活での瞑想~ 

2015年4月16日 • Health, Mind & Heart

忙しい毎日、経験が増えれば増えるほど、効率良く動くことや常に頭がフル回転で次々とこなせてしまうようになります。世の中は便利になり、24時間営業やインターネットで“いつでもどこでも”が可能になりました。しかし、それが私たちの頭と心と体の忙しさに拍車をかけます。情報や選択肢が増えることで、たくさんすること・たくさん得ることが良しとされて、本来の自分自身の感覚が鈍くなりつつあります。もちろん、スピードは大事ですが、そこに心がなければ何の意味もありません。

ヨガのレッスンで最後のお休みをした後、皆さんを目覚めさせる合図で「チーン、チーン、チーン」とティンシャを3回鳴らします。先日、ある方に「ティンシャの音が優しい」と言われて……気づきをいただきました。タイミングが合わなかったり、違うことに意識が向いているに時はティンシャの音や波動が響きません。形がないものほど、見えないものほど「今、ここ」に思いがなければ、相手には伝わらないのです。いくら取りつくろっても心や思いというものは、分かってしまうのです。

私は以前、お子様の多い職場で働いていました。新入社員の頃、お子様への接し方が上手な上司から「子供と接する時には、真っ白な心で向き合うんだよ。子供はすぐに分かるからね。」と教わりました。

確かに、自分の心が元気でない時、モヤモヤ、イライラしている時、不思議とお子様は笑顔になってくれません。でも、心を真っ白にしてから「〇〇ちゃん、こんにちは」と話しかけると、すぐに仲良くなれるのです。「お席まで一緒に行こう!」と手を出すと、条件反射のように手をつないでくれて、お席まで安全にご案内が出来ます。時には、ルンルン♪スキップなんかもしたりして。そんな光景を見ながら後ろを歩くご家族も笑顔になり、一緒に働く仲間もなんだか笑顔でした。

でも、純粋なのは子供だけではありません。どんな人の中にも“純粋性”はあって、自分の接し方ひとつで、そこに触れていけます。自分が抱えている感情、とらわれや思い込み、先入観を一切取り外して、真っ白な心で目の前の相手に向き合うことは“相手と調和すること”。私はこれまでの経験の中で、「わたし」という自我を手放して一体化するという、“行いのヨガ”をしてきたのだと気づかされました。

たくさんの人と深いところでつながれたり、ハートに触れたり、思いを共有したり、新しい自分にしてもらえたり、相手も変化したり。そんな関係は喜びや愛情も純粋であり、大切な場面では必ず心からの協力ができ、お互い手を差し伸べることができます。そこには感謝しかないのです。

何かを得ようとしたり、相手からの見返りを求めながら向き合う心は、自我で作られた関係。損得や支配や比較や条件でしか関われていません。共に喜び合えない、変化を許せなかったりして、依存・執着・欲望・怒り・傲慢・ねたみ等の不要な感情が発生してきます。すなわち、自分自身が作ってしまった心の“不自由”なのです。

日々たくさんの人や情報ややるべき事の中で、「わたし」という自我を超えた真っ白な心で人や物や事に向き合ってみましょう。先入観や限定や条件なしの自由な心で関われるため、頭で理解するよりも深い領域で感じることができて、自分の可能性が広がり新しい自分や相手や世界に出会えます。結果、最良の状態で「わたし」という自我を発揮して活動していけます。

いつでも真っ白な心でとらわれない、解放された自分は日常生活の中でも“瞑想”をしているのです。ただ静かに座ってするのだけが瞑想ではなく、日々いつでもどこでも瞑想は出来ます。

皆さんが、どんな時でも心地のよい自分でいられますように。


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